今回は、「あがったときの対処法」をご紹介します。
そう見えないと思いますが、私は「あがり症」です。今でも登壇する前は落ち着きがなくなって、その辺をうろうろ歩いたり手汗をかいたりしています。
実はあがるようになったのは、生放送中のある出来事がきっかけでした。
ある生放送で自信が崩壊
学生時代、塾の講師をつとめていた私は、アナウンサーになった当初から、人前でしゃべるのに慣れていました。記憶力にも自信があり、5分くらいの生中継のコメントは、比較的楽に暗記できました。今だから白状しますが、「アナウンサーに向いてるかも」なんて自惚れていました。
そんな自信が崩れる日は、突然やってきました。
1996年8月23日。「生中継!にっぽんの夜」という番組の司会に起用されました。全国各地の夜の風景や人々の暮らしぶりを、生放送で伝える35分番組です。私の担当は、福井県の越前町(当時)からイカ釣り船の漁師さんの暮らしぶりをリポートすること。
本番が始まりました。番組冒頭、私がゲストを招き入れる時に、事件は起きました。
「本日のゲストをご紹介しましょう。ノンフィクションライターの・・・」
お名前が出てきません。こんなはずはない。気を取り直してもう一度。
「ノンフィクションライターの・・・」
やはりダメです。3回目に必死で言おうとした時、現場にいたディレクターが「足立!」と叫んでくれ「足立倫行さんです」と、ようやくお名前が言えました。
大変だったのはその後。頭に完全に入っていた台本が、まさに真っ白になっていたのです。放送の現場で使われるカンニングペーパー、いわゆるカンペも用意していませんでした。自分の記憶力に自信があったからです。そんな危機的状況でしたが、言葉が出ない私に代わってご出演の皆さんにたっぷり話をしてもらい、なんとか最後まで番組を終えることができました。
放送終了後、お世話になっていた先輩アナウンサーから電話が入りました。怒られる!と思ったのですが、受話器から聞こえてきたのは意外な言葉でした。
「コメントを忘れたのは反省しなければいけないが、今日の放送はいつもより良かった」
それまで私は、覚えたガチガチのコメントをただ喋っていただけでした。その日は、人の話をよく聞き、その場で適切なコメントは何か必死で考えながら、多少ギクシャクすることはあってもしっかり伝えていたというのです。
暗記に労力を注ぐのでなく、忘れる前提で準備する
その後の私は、「またゲストの名前や段取りを忘れるのではないか」と放送前に毎回緊張するようになりました。
私がとった対処法は、忘れることを最初から想定して準備すること。人の名前や重要な数字、目安となる時間などは、カンペに書いて出してもらうようにしました。
暗記に注いでいた労力を、周囲の人の話に耳を傾け、自然な会話を作り出すことに向けたのです。
すると徐々に、緊張はするものの、堅苦しくない自然な話し方ができ、ハプニングにも自然に対応できるようになりました。
あがってもいいのです。むしろ、あがってもちゃんと対処できるよう、準備をしておく。
ミスをした場合は変に取り繕わず、「すみません」と素直に謝って、最も誠実な形で善処する。
こう思えれば、過度な緊張はしないはずです。「完璧でなくてもいい。ベストを尽くせばいいんだ」と心の中で言ってみると、少しは楽になりますよ。
この記事は、2019年1月から12月まで週刊東洋経済に連載したコラム「必ず伝わる最強の話術」に 加筆修正を加えたものです。