何度か記者会見のアドバイスの仕事をしたことがあります。そんなときにお客様が最も神経をとがらせるのが、質疑応答の部分です。
事前に想定できる質問に対しては、ある程度備えることはできます。しかし、想定外の事態はどんなときだって起こります。それにどう備えるか。
2019年7月に相次いで行われた吉本興業社長とタレントさん2人の記者会見は、それを考える上で参考になるものでした。覚えていますか?
コンプライアンスの問題、記者会見における危機管理の問題、芸人さんの特殊な雇用形態の問題など様々な切り口で語られていますが、この連載ではあくまで話し方という切り口で考えてみます。
百戦錬磨のタレント2人のプロの話術
多くの読者の皆さんの参考になるのは、タレントお2人の話し方です。百戦錬磨のしゃべりのプロですから当たり前といえば当たり前なのですが、これだけの受け答えができるビジネスパーソンはなかなかいないと思います。どこが具体的に参考にできるのか、私が気がついた部分をあげます。
何よりもすごかったのは、言葉を発する前に、時間をとって質問に対する答えを一度自分の中で考え、一言一言言葉を選びながら話すスタイルです。
私の経験では、一般の方にとって一番難しいのは、この「しっかり間(ま)をとって話す」ことです。
特に記者会見のような、決して好意的とは言えないような多くの人が見つめてくる場面では、なおさらです。沈黙の時間は話し手にとって恐怖です。その結果、とりあえず何か話さなきゃと、終着点が見えない状態で話し始めてしまうのです。
「何が言いたいのか伝わらない」社長のコメント
今回、吉本興業の社長のコメントについての記事では、「何が言いたいのか伝わってこなかった」というものが多くありました。その原因は、「はっきりした答えが頭で準備できる前に、思っていることを話し始めてしまっていた」からだと考えます。
例えば、質問は、「謝罪したいというタレントの気持ちを理解していたか?」だったのに、いつどこで話をしたかなどの経緯を延々と話してしまい、何度も記者に「そうではなくて」と切り返されてしまう、ということがありました。
これは、おそらく社長の中では、質問に答えるための記憶をたどる意味で経緯を話していたのだろうと思います。しかし、聞いているほうは明快な答えがほしい。その答えにたどり着くための間の思考過程を聞かされると、困惑してしまうのです。
話し慣れていない方は、この聞いている方が求めている言葉や内容が何かを忘れて、自分の思うことばかりを話してしまいがちなのです。必要なのは、「黙る勇気」です。
何を話すかを明確にする
他にも参考にできるポイントがありました。
例えば、タレントさんの答え方の中で目立ったのは、「会見の目的は謝罪することと、見てきた事実のみを話すこと」と、何を話すかを明確にしていたこと。これで「会社側の対応について、怒りは感じないか」などタレント側の感情をあおるような質問をかわしていました。
しかも、ただかわすだけでなく、「今回の趣旨とは違いますので」「憶測でものを言うと語弊があるので」といって「答えられません。すみません。」と最後に自然に言葉を添えていたのも、記者の気持ちを和らげる上で非常に有効だったと言えます。
質問を正確に把握する。よく考えて結論を用意する。その結論をなるべく早く、端的に言う。答えられない質問は理由を添えて返答する。これらの要素を自然な語り口で行える芸人さんの話術に感嘆した会見でした。
この記事は、2019年1月から12月まで週刊東洋経済に連載したコラム「必ず伝わる最強の話術」に 加筆修正を加えたものです。