前回申し上げた、述語をなるべく早く言うことで文を短くするという方法は試していただけましたか?
今回はその発展型です。それは「倒置法」の活用です。倒置法とは普通の語順と違うことばの並びにする言い方です。述語を早く言おういう意識が働くと、述語を文の最初に言う形になることがあります。この形、ここは強調して言いたいという場合やテンポを上げて話したい場合などで使うと、極めて有効な表現法になります。
東北楽天イーグルス嶋選手の倒置法
この倒置法が非常に効果的に使われたスピーチがありました。それは、東北楽天イーグルスの嶋基宏選手が2011年、東日本大震災の復興支援のために行われたチャリティーゲームで話したものです。
見せましょう、野球の底力を。見せましょう、野球選手の底力を。
見せましょう、野球ファンの底力を。共に頑張ろう、東北。
支え合おう、ニッポン。
このスピーチに感動した方、記憶にある方も多いと思います。倒置法の5連発、非常に強くことばが迫ってきますね。
述語だけを先に聞かされた側は、「え?何を?何が?」など、不足している主語や目的語が話されるのを待つため、その後の言葉が強く聞き手に響くようになっています。試しに普通の語順にしてみるとこうなります。
野球の底力を見せましょう。野球選手の底力を見せましょう…。
内容は変わりませんが、野球の底力・野球選手の底力というキーワードは、目立ちませんよね。
このような表現は、ビジネスでは株主総会、決算発表やコンペなど会社として勝負をかけたプレゼンで、会社としての重要なメッセージや決意などを話す場面で使うと、非常に効果的です。
ただし、使いすぎには注意してください。嶋選手のスピーチでも、倒置法5連発の前は、「普通の語順」でした。震災が起きた直後から、自分たちがチームとして被災した皆さんに何ができるかを考えてきたということを、抑えたトーンで話していました。だからこそ、この部分が引き立ったと言えます。
また倒置法を使うときは、声のトーンも重要です。表現自体が強いため、声のトーンまで強すぎるとやり過ぎに聞こえます。絶叫調はもちろん、変に芝居がかったり、抑揚をつけすぎるのはかえって逆効果になります。是非動画でご覧頂きたいのですが、嶋選手も倒置法5連発部分は、抑揚はほとんどつけず、低く力強いトーンで話していますよ。
記憶に残る小泉元総理のスピーチ
他にも、「ほぼ述語だけ」で人々の記憶に残るスピーチになったものもあります。
痛みに耐えて、よく頑張った!感動した!おめでとう!
覚えている方も多いでしょう。当時の小泉純一郎総理大臣が、平成13年夏場所、優勝した貴乃花に表彰式でかけた言葉です。
「あなたが痛みに耐えて頑張る姿に本当に感動しました。心からおめでとうを言いたいと思います」だったら、普通の表現に過ぎません。この言葉の凄さは、「誰が」「何を」など見ている人なら言わなくてもわかることを徹底的に省き、聞かせたい言葉だけにしているところです。
述語は、自分の意思や文章の大意が最も現れる部分です。これを最初に言い切るためには、話す側に勇気と覚悟が必要です。その思いが人の心を打つと言ってもいいと思います。劇薬のようなこの表現、試してみませんか?
この記事は、2019年1月から12月まで週刊東洋経済に連載したコラム「必ず伝わる最強の話術」に 加筆修正を加えたものです。